卒業研究・制作

作品系/美術

「光と陰影への誘い」

朝戸 清照(美術・工芸コース)

日本画/麻紙、胡粉、水干絵具、岩絵具

第1会場:高岡市美術館

南欧の眩い光の織り成す陰影を表現したくて、写実ではなく心象風景として描きました。特に、写真では白飛び黒つぶれする明暗の箇所を、人の目で幽かに見える様に露出を合わせました。克明な細密描写ではなく、複数の色を使って朦朧ながら形状を理解できるよう心掛けました。何もかも描き尽くしてしまわず、鑑賞者の想像を全部満たしてしまわず、想像力を刺激するだけにとどめて、いつまでもあやしい余韻を心に繰り返し繰り返し波のように長く響かせたいと願うからです。

「また逢う日まで」

飯野 那々子(美術・工芸コース)

絵画/キャンバス、油彩

第1会場:高岡市美術館

他人と交流の中で共依存が生まれることがある。それは居心地の良さもあり一度陥ると簡単には抜け出せない。作品では、自分と他人の複雑に絡み合った心の在り様を表現した。多くの人が一度つながると離れがたくなる居心地の良さと裏腹に心の中で不信や焦燥を繰り返してしまう。人間特有のジレンマを抱えて地面から離れられない人物たちが上を目指すにつれて少しずつ成長していき、幸せになる道程を見出せるようにと願いを込めて制作したものである。

「波間に漂う」

伊藤 日向子(美術・工芸コース)

絵画/油絵、ジェッソ、ランバーコア

第1会場:高岡市美術館

「過去の感情」をテーマに制作した。 記憶として残っていなくても、恥ずかしくて報われない過去の感情はいつまでも消えない。 その感情を花のタトゥーという形で身体に刻まれているように表現した。 また、画面上に海を模した凹凸を彫り込んだ。 全ての変化を受け入れていずれ安定した潮の流れに戻る様子が、 感情の浮き沈みに似ていることが理由である。

「ただそこに在ること」

今井 恵(美術・工芸コース)

絵画/油絵具、箔、キャンバス

第1会場:高岡市美術館

子どもでもなく、まだ大人にもなりきれない少女の揺らぎや苦悩、安らぎや救いをテーマに、現在の自分自身を重ねて制作した。
本作品は二枚の組作品であり、それぞれに陰と陽の相反する思いが込められている。暗闇に深く堕ちていく少女と安らかに横たわる少女に想いを託して、淑やかな表現を目指した。作品全体としては、イエローオーカーを基調とした暖かく静かな印象を大切にしつつ、箔の煌めきが華美な印象を与えるよう、試行錯誤して制作した。

「swallow up」

氏原 栞(美術・工芸コース)

立体造形/銅、鎚起、緑青着色

第1会場:高岡市美術館

わたしたち人間は、自分が楽に、快適に生きていくことのために便利なものを生み出し、それによって環境を汚してしまう。
そんなことを考えている今この瞬間も、自然は強く、したたかに生きている。頼まれたり、求められたりしなくても。私たちの目に見えない小さな世界で美しく、力強く生きている。 やがてそれが大きな力になり、恵まれているはずの私たちを脅かす。 私たちはなんて弱い生き物なんだろうか。

「都万麻」

大本 龍馬(建築デザインコース)

絵画/ 紙、墨

第2会場:富山大学高岡キャンパス

富山大学高岡キャンパスの中庭にあるツママ(タブノキ)を水墨で描いた。
ツママは万葉集にその名の由来を持つ。大伴家持は高岡でツママを目にし、ツママは磯に長く根を伸ばし力強くしがみついている神々しい木だと詠った。
中庭のツママは富山大学高岡キャンパスの前身である高岡短期大学が設立された当初(1986年)から植えられている。当時から今と同じくらいの大きさだったという。

「滴滴」

加藤 由実(美術・工芸コース)

立体/ 樹脂、漆

第1会場:高岡市美術館

“滴滴”とは液体などがしずくとなって滴り落ちていく様をあらわした言葉である。
頭の中にあるものを試行錯誤を重ねて形に残そうとする様が、しずくが滴り落ちてこぼれていく姿と重なった。 漆の艶の美しさと、人体の形状の美しさ・しずくの抽象形態の美しさがお互いに引き立てあうような造形を目指して制作した。

「面と線」

鎌上 大輔(デザインコース)

彫刻/石膏、サイザル、ペン、合成樹脂塗料、木材

第1会場:高岡市美術

立体物にデッサンを描くとどうなるのか。それがこの作品の始まりです。極端に言えば、面の集合体である立体の彫刻、線の集合体である平面の絵。この二つに違いはあるのか。立体である意味とは。線である意味とは。一つの作品に置いてこの二つが、それぞれを補い合い、 違和感を持たせ、併存する。

「羊」

北野 美空(美術・工芸コース)

絵画(日本画)/和紙、岩絵の具、水干絵具、膠

第1会場:高岡市美術館

制作するにあたり、羊の顔や耳等はリアルに体や背景は抽象的に描いた。羊の体の毛は、岩絵の具や水干絵具、金パール等を用いり盛り上げて描くことで、毛の重なりやうねりなどを立体的に表現した。背景は、ペインティングナイフでひっかいたような跡や岩絵の具や胡粉を厚く画面に乗せるなどをして、刷毛では出せない画面を作り出した。羊の毛や水玉模様には、うずまき模様のようなものが描写されている。岩絵の具を盛り上げて模様のように描くことで装飾的な画面にし、観る人を楽しませる、愛らしい羊の絵画にした。

「流れ、歩く」 

黒崎 奏穂(美術・工芸コース)

日本画/和紙、岩絵の具、水干絵の具、胡粉

第1会場:高岡市美術

今回のモチーフは、就活中に訪れた福井県のとある田舎の風景である。私が描きたい風景は柔らかく温かみのあるものなので、輪郭部分を極力出さず、胡粉を全体的にかけることで曖昧さを表現している。描写的ではない絵画でも身近に感じてもらえるよう心がけて制作した。どことなく懐かしいと思ってもらえると嬉しい。

「1年いわし組、美術館に行く」

小林 愛花(美術・工芸コース)

彫刻(漆)/ 漆、麻布、卵殻、炭粉、乾漆粉、黒蝶貝、琥珀、金箔

第1会場:高岡市美術館

もしも人間以外の別の生き物が美術館に来ることができたら?という想像を叶えた作品です。
ペンギンたちが美術館で見ているのは、自分たちの歴史が描かれた絵画です。かつて天敵が待ち構える海に飛び込み、命がけで魚を取っていたことや、人間に飼育されていた時代があったことを伝えています。 作品を見て何かを感じる。私たちがしているこの行動が私たち人間だけのものじゃなくなる、そんな時がいつか来るかもしれません。

「混沌にまみれる」

品野 陸(デザインコース)

絵画/油絵具・白亜地・木製パネル

第1会場:高岡市美術館

こうしてみたい、ああしてみたいという意志はあるが明確なゴールが定まらずにだらだらと生きている。一貫性がなく、迷い続けている自分にいつも嫌気がさしては変わりたいと思うのにどう変わりたいのかもわからない。そんな心情を夜空と青空を背景に洞窟や岩山をモチーフとした心象風景を描いた。画面全体に点在する物質的な形を線や点描によって抽象的に描き、画面にドロドロとしたり、キラキラとする部分を作ることで、具体性のない理想を求めて彷徨い続ける心情を表現した。

「夢心地」

鶴野 萌歌(美術・工芸コース)

絵画(日本画)/パネル、高知麻紙、水干絵具、岩絵具、胡粉、墨

第1会場:高岡市美術館

この作品は「亡くなった愛猫に贈る絵」をコンセプトに、一昨年の12月に亡くなったそらんへ、安らかに眠ってほしいという気持ちを込めて寝ている姿を静かな雰囲気で描いた。 絵を描く上で、うちの子の個性を自分や家族が感じられるかどうかを一番大切に制作した。
描写の面では、前半に水干絵具や岩絵具を用いて色味を付けたり大まかな毛並みを描き、一度胡粉で全体を白っぽくした後、後半はほとんど墨だけで細かな毛並みを描き仕上げた。全体的にモノトーンな色味で、コンセプトに合ったシンプルで静かな絵にした。

「静謐を讃える」

外谷 柚季(美術・工芸コース)

絵画(日本画)/麻紙、岩絵具、水干絵具、銀箔、真鍮箔

第1会場:高岡市美術館

工場などの産業景観は意図せずその造形美を称えられる。構造の複雑さや金属の質感が重く輝く様子が見る人を惹きつけると思い、それらを表現しようと制作に至った。構図を決める際は様々な場所や視点から工場をスケッチしたものを組み合わせて構成を練った。また、絵具だけでなく箔を用いることで金属の光沢感や重厚感を出すことにし、その上から何層にも絵具を重ねたり洗ったりして複雑な表情を描写した。

「すすむもの、とどまるもの、くちるもの」

中島 悠貴(美術・工芸コース)

日本画/岩絵具、水干絵具、銀箔

第1会場:高岡市美術館

本作品は150号P(2273㎜×1136㎜)の絵画作品で、日本画の技法および材料を用いて制作を行ったものです。この作品は日本画画材を用いた抽象表現を含む人物画であり、タイトルの通り「すすむもの、とどまるもの、くちるもの」をテーマに制作を行いました。人物と、それを取り巻く時間や環境についてのモチーフを描いた絵画で、画面に描かれているモチーフがそれぞれ「すすむもの、とどまるもの、くちるもの」のいずれかの意味を帯びるように描きました。

「煙、立つ」(英名:Open your eyes)

中村 杏(美術・工芸コース)

彫刻・インスタレーション/はりこ、和紙、岩絵具、レース糸、アクリルガッシュ

第2会場:富山大学高岡キャンパス

煙が立つ。そこには何もなかったはずなのに。いや本当はあった。見えなかっただけ。人は日々、様々な感情を生み出しては忘れていく。それはどこかを漂っているのではと思うことがある。心が燃え上がって、煙を吐き出す。それが遠くに見える。「面をつけて舞うのではなく、面を舞わせるのだ」という能の言葉がある。憑依状態になることを目指しているのだろう。何かのきっかけで、感情が蘇ることがある。まるで漂う過去の感情が憑依しているようだ。それはひとつの幽霊の形なのではないか。ならば、と考える。感情が生まれた瞬間の形もあるはずだ。生まれたものがあるならば生まれる前のものがあり、外側があるならば中身もある。柔らかく幾何学的な造形から顔を出す、今まで中身であったもの。その生まれる瞬間を「面」の形にした。 煙が立ち、その一呼吸に、人は人生を変えられる瞬間がある。遠くに煙が立っているのが見える。

「風の中で息をする時」

西野入 萌利(美術・工芸コース)

立体造形(金属)/蠟型鋳造、青銅

第1会場:高岡市美術館

走っている時の風を作りたいと思い、この卒業制作に取り組んだ。自ら布を持って走ることで生まれる、布のたなびきの様子を映像に記録し、それをもとにしながら制作を進めた。布が走る私と一緒に速く進みながらも柔らかく動く感じや、同じ動きが二度とないということが面白かった。苦しさや、開放的な心地良さ、自分の意識などの走っている時に感じることなどもふり返り、考えながら制作した。

「その先」

平松 瑞希(美術・工芸コース)

立体造形/テラコッタ、透明水彩

第2会場:富山大学高岡キャンパス

今まさに前へ踏み出そうとしている人のことを思い出した。その表情から、反抗する、思い悩む、前を見据える、そのどれでもあるようで、どれでもないようなものを感じ、美しいと思った。この作品は、今いる場所から一歩踏み出す時のさまざまで複雑な気持ちやその変化を表現している。

「万花」

水元 亜美(美術・工芸コース)

絵画/油絵具、キャンバス

第1会場:高岡市美術館

庭や道端など、植物は生活のいたるところに存在する。それらは日常に溶け込みながらも、意識をせずともふと目に止まるような鮮やかさや強さを持っている。古来より日本では女性を比喩的に花と表現する事例が多く存在し、花と女性は何かしらの繋がりを持つものとして考えられてきた。
そのため今回の油絵では花と女性をモチーフに、柔らかさや華やかさ、その背後にある強さと儚さなどそれらの共通点をテーマに制作した。

「信仰」

森 千紘(美術・工芸コース)

彫刻/石膏、アクリルガッシュ

第2会場:富山大学高岡キャンパス

狐信仰は陰陽思想や五行説といった中国思想の影響、稲荷信仰やダキニ天との習合など、様々な思想や文化が入り混じって形作られてきた。時には人に幸をもたらすものとして、時には人に災いをもたらすものとして、多様な思想や文化の影響によっていくつもの形に変化していった狐。そんな信仰としての狐が生まれてくる姿を制作した。
この作品は様々な思想・文化を取り込みつつ変容してきた狐の信仰を表しているが、その中には私の思考が大きく影響を与えている。狐の信仰の成り立ちの捉え方はあくまで私の考えである。しかしながら、信仰とはその時々の人の思考が大きく関わってくるものだ。そのため、狐信仰に対する考え方や、この作品そのものに対する捉え方は人それぞれになっても問題ないだろう。信仰とはそういったものなのだ。

「夏」

山本 晴菜(美術・工芸コース)

日本画/岩絵具、水干絵具、顔料

第2会場:富山大学高岡キャンパス

夏真っ盛りに桶の中で水浴びをする金魚を描いた。普通の水を桶に入れておいただけでは、たちまちすぐに温くなってしまうが、カチカチの氷とラムネ瓶を溢れるほど入れておけば、うだる暑さの中であろうとも簡単には涼しさを奪われることがない。このラムネ桶は、すっかり温くなった金魚鉢から逃げ出してきた、暑がりな金魚たちの憩いの場なのだ。

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